どうすれば あたし達は未来を繋げることが出来たんだろう




どうすれば 今も一緒に居ることが出来たんだろう




どうすれば




































「ゴホッ…ゴホッ…」



いつも、咳が聞こえるその部屋に入るのが恐かった。
他の人みたいに、病が移ることを恐れてるわけじゃない。


ただ愛しいその人が、日に日に弱っていくのを見るのが辛くて。
襖の向こうから聞こえる咳が、日に日に酷くなっている気がして。




―変わってあげたい。
出来るものなら。




――スッ




襖を開けてすぐ目に入る青白い顔。


「…また…来たんですかィ」


うっすらと笑みを浮かべて言う。


「ッ…なぁに悪い?総悟、昨日より元気そうじゃん」


そんな嘘をつくのも日課になってしまった。
本当は全然元気そうになんか見えない。目はどんよりとしていて。良くなることなんかない。
でも、あたしまで下向きになったら総悟が気にするから…。

無理にでもいい。
明るく…笑ってないと。




「別に悪かねェけど…移るぜィ?来なくて良いって言ってるじゃねーか」

「馬鹿。彼女のあたしが総悟をほっとけるわけないでしょ?」

「…馬鹿はどっちでィ」




総悟はそう言って苦笑し、それからまた咳込み始めた。
たまに血も吐くみたいで、布団にはちらほら赤いシミが見える。


そのシミを見つける度に思う。

もう総悟は長くない。


分かってる。
あたしも…総悟も。

だからこそ、あたしは笑顔で居ないといけないんだ。
彼の前では。




「…

「ん?なーに」




総悟は咳がおさまったと同時にあたしを呼んだ。
あたしが何気なく返事をすると、総悟は





「…もう本当に来ないで下せェ」





静かにそう言った。




「な、んで…」




今までも何度か同じようなことは言われたけど、今日のはそれらと明らかに違う。
完璧に拒絶された気がした。







「そんな無理して笑われると、…辛いんでさァ」







…わかってた…の?総悟は、気付いてたんだ。
あたしが無理していると。
そんなあたしを見る度、総悟は苦しんでた…?


そう考えたら涙が溢れてきた。
今まで我慢していたものが一気に出て来て、すぐにぐしゃぐしゃになった。
これは暫く止まらないなと瞬時に思うほど。






―何で総悟なの


―何で総悟が死ななくちゃいけないの


―何で…もう来るな なんて言うの






「だったらっ…あたしにも頂戴よ、病気…!総悟と同じ病気が欲しい!」

「…馬鹿なこと、言うんじゃねェ」

「やだ!一緒に死にたい…!」

「…」


「ひとりにしないで…っ」






訴えるように叫び、あたしは総悟にキスをした。


あたしにも移ればいい。痛みも苦しみも。
そう思って深く深く口づけた。
総悟が微かに抵抗しているのが分かったけれど、やめない。
総悟が死ぬならあたしも死ぬ。




「総悟が居ない世界なんか、意味ないんだよ…」




散々口づけた後に、言う。
震えて声が出にくかった。もしかしたら伝わらなかったかもしれない。
―あたしの世界は、総悟の世界なんだと。


でも総悟はあたしの涙を拭ってごめん、と小さく呟き
自らもあたしに口づけてきた。





「…愛してる、






それは総悟が元気だった頃には考えられないほど、



優しくて



儚くて



寂しいキスだった









+++++









「今日は、…流れ星が流れるらしいですぜ」

「え、そうなの?」


ポツリと、独り言を言うかのように総悟が呟いた。



「土方さんが言ってた」

「土方さん…あんなよく喧嘩してたのになんだかんだ言って、優しくしてくれるよね。ほんと良い人だね。」

「…もな」



二人一緒に布団に入りながら笑った。
お互い悲しみを含んだ笑顔。




あたしはいい人なんかじゃない
あたしが此処に来ない方が、総悟はきっと楽なはず

でも…あたしがわがままだから…
あたしのエゴで…―。




―こんなにも愛しい彼の笑顔がもうすぐ見れなくなるなんて。
あたしは耐えられるのかな?生きていけるのかな?
彼の居ない世界で、ひとりで




「総悟…死ぬの恐い…?よね、ふつう…」

「…いや、職業が職業だから…死ぬこと自体は恐くねェや。」

「…」

「でも、を残して逝くのは…辛い」




総悟はそう言って目を伏せた。



あたしは何も言えなくなって。
今、気付いた。

あたしだけがひとりになるんじゃないんだ。
総悟は、本当にひとりで逝かなければいけない。

仲間も誰もいないところに、ひとりぼっちで…。




「―あっ、流れた」




総悟が耳元で声を上げた。
いつもより少し大きな声。
じっと外を見つめる総悟につられて外を見ると


「また流れた!」


土方さんが言ったとおり、流れ星が流れた。
それも数回でなく、くりかえしくりかえし、何度も何度も。
すごく綺麗で、総悟と一緒にそれを見れたことをすごく幸せに思った。



「…、笑ってらァ」

「へっ?」

「ほんとの笑顔」

「…」

「流れ星見ると…笑顔になるんだな、は」

「総悟…」



そんなに気にしてたんだ。あたしが笑わないこと。


…総悟が側にいるから笑えるんだよ、あたしは。


総悟が居なきゃ笑えない。
どれだけたくさんの流れ星が流れようと、貴方が居ないなら意味がないの…





ねぇ、総悟





だから あたしは


貴方が隣にいる未来を


望まずにはいられないよ









++++









数日後、家に一本の電話が入った。

それは総悟の状態の急変を知らせるもので。
「覚悟して、来い」
土方さんは低い静かな声でそう言い、電話を切った。




覚悟なんかしたくない





真選組の屯所は、恐いくらいに静かだった。
総悟の居る部屋へ行かなきゃ。
そう思えば思うほど足取りが重くなった。









!やっと来たか!」

あたしの姿を見つけるなり、近藤さんが駆け寄って来た。
そしてあたしの背中を押すようにしながら


「…総悟が待ってるぞ」


と言った。

早く行ってやってくれ、と近藤さんに押されるままに部屋の中に入る。


そこには真選組の人たちに囲まれてる総悟の姿があった。
すぐに、総悟の一番側に居た土方さんと目が合う。



!…総悟、が来たぞ」



土方さんが総悟の耳元で言った。
総悟は閉じてた目をゆっくり開いた。
そして





「……………?」





総悟はそう言ってゆらゆらと手を伸ばし、あたしの姿を探す。
あたしはその手をすぐに掴み、両手で強く握りしめた。




「総悟、あたし…ここだよ」





総悟はあたしの手を弱々しく握り返した。
そして




「どうすれば…を幸せに出来たんだろうなァ…幸せに、してやりたかった…」




ポツリ、ポツリと言った。




「…ッばかだな、総悟。幸せだったよ、あたし…ううん、幸せだよ!今も…これからも。」




貴方と話せている「今」に、心から感謝する

貴方のことをずっと愛せる「未来」に心から感謝する


生きているから





「俺が、この世に生まれて来たのは…きっと…あの日、と一緒に…流れ星、見るためだったんでさァ…」

「!」

「そう思えば…死ぬのなんか、恐くねぇや…理由さえ、あれば…死ぬのなんか…。生きる、ことだって…恐くないだろィ?」




そう言い終えたあと、総悟は咳込み、吐血した。
それでもあたしの手を放さなかった。
でも




…、あぃ…し……」




最期まで言い終わらないまま、総悟の手はするりとあたしの手から擦り抜けた。
いとも簡単に。



「…総悟?」



「最後まで言いなさいよ…」



「バカ…ドS…」













総悟が目をあけることは二度と無かった
















総悟が最期にあたしに遺してくれたメッセージ

理由があれば生きていける と





これから孤独に蝕まれる日も

涙を枯らす日もあるかもしれない




でも



あたしがこの世に生まれたのは、総悟のぶんも一生懸命生きるためなんだ、…きっと。




そう思えば


生きていける気がした














でも














それから数ヵ月後

あたしは結核になった





今更すぎる
死ぬなら、彼と一緒に死にたかった







「ごめんね、総悟…」







あたしは天井を一人見つめながら、呟く。



あたしは
あなたのために生きることが出来ませんでした



だからあたしはまた理由を探す



あたしはきっと

淋しがってるあなたのために死ぬのだと






(…うん、恐くない)







もうすぐで、会いに行くから




待ってて




―総悟。








あたしはそのまま目を閉じた。














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